『じいちゃんの土から、芽が出た』——大野裕貴(小さなアスパラ屋さん)が北海道の畑で守り続けるもの
北海道の田舎に移住した一人の父親が、息子と並んで長靴を履き、朝の畑に立っている。農薬ゼロ、約276㎡の小さな自家農園。そこには、昨年末に旅立ったじいちゃんが長年かけて育てた土がある。大野裕貴さんが「小さなアスパラ屋さん」を始めた理由は、売上でも規模でもなく、もっと静かで、もっと深いところにあった。
大野裕貴という人
大野裕貴さんは、北海道の田舎に移住し、「小さなアスパラ屋さん」を営む農家の父親だ。約276㎡の自家農園で、完全無農薬・朝採りのアスパラを育て、冷蔵直送で全国へ届けている。販売期間は5月中旬から6月下旬という、一年でほんの短い季節だけ。その短さが、この畑の誠実さを物語っている。
「小さなアスパラ屋さん」のアスパラは、農薬を一切使わない。息子と一緒に朝採りし、鮮度そのままに冷蔵で発送する——その一連の時間が、大野さんにとってこの仕事の全てだ。
原点

北海道に移住した大野さんの家の近くに、一枚の畑があった。貸してくれたのは、近所に住む一人のじいちゃんだった。
春になると、息子と二人で長靴を履き、朝の畑へ向かう。冷たい空気の中、土の匂いが立ち上り、息子は一本一本、真剣な顔でアスパラを選んでいく。大野さんにとって、そんな朝の時間は特別なものだ。
毎朝、息子と一緒に長靴を履いて、アスパラを採りに行く。その時間が、なんともいえず好きで。
その畑を貸してくれたじいちゃんが、昨年の年末に亡くなった。
知らせを受けたとき、大野さんの頭にまず浮かんだのは、じいちゃんが何十年もかけて育ててきた土のことだった。その土から、今年もアスパラが芽を出そうとしている。
「今年は、畑を完全に引き継いで続けることにしました」
その決断は、義務ではなかった。じいちゃんへの感謝と、息子と過ごしてきた朝の記憶が、自然とそう動かした。
いま、挑んでいること

「小さなアスパラ屋さん」のアスパラには、四つのこだわりがある。
朝一番に収穫し、鮮度そのままに冷蔵で発送すること。農薬は一切使わないこと。スーパーではなかなか出会えない肉厚でジューシーなM〜LLサイズを届けること。そして、送料を価格に含め、受け取る側が余計な計算をしなくていいようにすること。
どれも、派手さとは無縁のこだわりだ。でもその一つひとつに、「おいしいと言ってもらいたい」という一本の軸が通っている。
せっかく育てたなら、おいしいと言ってもらいたい。北海道の空気と土の味を、食卓まで届けたいと思い、小さくはじめることにしました。
約276㎡の自家農園。大規模農業とは程遠い、家族の手が届く範囲の畑だ。だからこそ、土の状態も、芽の育ち方も、一本一本に目が届く。
購入者からは、こんな声が届いている。
「めちゃくちゃ甘いですね」「柔らかくて美味しかった」「夫婦でホンマにめちゃくちゃ楽しみにしてるんで、今年もお知らせを待ってまーす」
というリピーターの言葉。 その言葉の重さを、大野さんは毎年の春に受け取る。
一問一答
Q. 「完全無農薬」にこだわる理由を教えてください。
無農薬で育てている背景には、もともと祖父が士別で無農薬栽培をしていたことがあります。また、それほど大きな畑ではないため、農薬に頼らず、手をかけながら育てられる規模であることも理由の一つです。
Q. じいちゃんの畑を引き継ぐことになった経緯を教えてください。
祖父が亡くなったあと、畑の管理が難しくなったことから、息子さんに「お願いできないか」と声をかけていただいたのがきっかけです。 その後、畑を譲っていただく形となり、現在はそこで栽培を続けています。
Q. お子さんと一緒に畑に出る時間は、どんな時間ですか?
アスパラは朝一番に収穫することが多いです。学校や保育園に行く前に、子どもたちと一緒に収穫しています。
Q. 「小さなアスパラ屋さん」という名前に込めた意味を教えてください。
本当に畑が小さいということと、小さな子どもたちと一緒に育てている感じがあるので、「小さなアスパラ屋さん」という名前にしました。
Q. 北海道のアスパラの魅力を教えてください
北海道のアスパラは、本当にみずみずしくて、太さもしっかりしています。 今期はコミュニティの方にも’たくさん購入していただき、バーベキューイベントでも提供していただきました。
これから描く未来

大野裕貴さんが守ろうとしているのは、じいちゃんが何十年もかけて育てた「土」だ。
その土は、一年では作れない。肥料の加減、水の流れ、微生物の働き——長い時間をかけて積み重なってきたものが、今年の春もアスパラを押し上げている。
大野さんはその土を引き継ぎ、息子と一緒に立っている。今日の朝も、明日の朝も、販売期間の終わる6月下旬まで、二人は長靴を履いて畑へ向かうだろう。
10年後、息子はどんな顔でこの畑に立っているだろう。そのとき、じいちゃんの土はどんなアスパラを育てているだろう。大野さんはまだ、その問いに答えを持っていないかもしれない。でも、答えを持たないまま、毎朝畑へ向かうことが、すでに一つの答えだ。
北海道の空気と土の味を、食卓まで届けたい——その言葉は、売り文句ではなく、じいちゃんへの約束だった。

大野裕貴さんからのメッセージ
「北海道の空気と土の味を、食卓まで届けたいと思い、小さくはじめることにしました」
その言葉のまま、小さなアスパラ屋さんは今年も動いている。販売期間は5月中旬から6月下旬という、短くて濃い季節だけ。大野さんの畑と想いに触れたい方は、公式サイトやInstagramから、その活動を見に行くことができます。
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